最近、日本国内の証券口座が不正アクセスされ、保有する日本株が勝手に売却され、その資金で香港株などが大量に購入されるという事件が相次いで報告されています。この問題は、個人の資産を脅かすだけでなく、市場の健全性にも影響を与えかねません。ここでは、この一連の事件の「手口」と、それに対する「各証券会社および業界の対応」について、最新情報を基に詳しく解説します。
この事件で用いられる手口は、サイバー攻撃の典型的なパターンを踏襲しつつ、金融市場の特性を悪用する巧妙さを持っています。
攻撃の起点となるのは、多くの場合、フィッシング詐欺です。証券会社や金融機関を装った偽のメールやSMS(ショートメッセージサービス)が送られ、「セキュリティ更新」「異常なログイン検知」などの口実で偽のログインページへ誘導されます。利用者がそこでIDやパスワード、場合によってはワンタイムパスワードまで入力してしまうと、攻撃者に認証情報が渡り、不正アクセスを許してしまいます。楽天証券やSBI証券の利用者などが、この手口による被害を報告しています。
また、フィッシングだけでなく、「インフォスティーラー」と呼ばれる情報窃取型のマルウェアに感染することで、端末に保存されたIDやパスワードが盗まれ、不正アクセスにつながるケースも指摘されています。不審なソフトウェアのインストールや、信頼できないウェブサイトへのアクセスは避けるべきです。
写真はイメージです。攻撃対象となりうる香港上場のテクノロジー企業も存在します。
不正アクセスに成功した攻撃者は、まず被害者の口座内にある日本国内の株式(NISA口座内の株式を含む場合もある)を、本人の許可なく全て売却します。そして、その売却によって得られた資金を元手に、特定の香港株式や中国株式(特にAI関連企業など)を、取引可能な「限界まで」大量に購入します。被害例では、数百万円から、多いケースでは1200万円、1400万円といった規模の香港株が勝手に購入されたと報じられています。
この一連の不正取引の主な目的は、「株価操作」である可能性が高いと指摘されています。攻撃者は、事前に自らの資金で、市場での取引量が少なく、株価が低い(低位株)香港・中国の特定の銘柄を仕込んでおきます。これらの銘柄は、少ない売買量でも株価が大きく変動しやすい(流動性が低い)特徴があります。
次に、乗っ取った多数の被害者の口座から、同じ銘柄に対して大量の買い注文を入れます。これにより、人為的に株価を急騰させます。株価が十分に釣り上がったところで、攻撃者は事前に仕込んでいた自己保有分の株式を高値で売り抜け、不正な利益を得ると考えられています。「声揚集団」といった具体的な企業名が、不正購入の対象として報じられたケースもあります。
被害者は、身に覚えのない香港株が口座に表示されたり、保有していたはずの日本株が消失していることに気づいて初めて被害を認識します。しかし、その時点で不正に購入された香港株を売却しようとしても、既に攻撃者が売り抜けた後で株価が急落していることが多く、売却損という形で多額の金銭的損失を被ることになります。ある被害者は約210万円の損失を受けたと報じられています。さらに、被害を警察に届け出ても、すぐには被害届が受理されず、救済の難しさに直面するケースも報告されています。
この証券口座乗っ取り事件のプロセスは、いくつかの段階を経て実行されます。以下のマインドマップは、攻撃の起点から目的達成までの流れ、およびそれに対する対策の関連性を視覚的に示しています。
この図は、攻撃者がどのようにして口座に侵入し(不正アクセス)、資産を不正に操作し(不正取引)、最終的な目的(株価操作)を達成しようとするかを示しています。同時に、証券会社、業界団体、そして利用者自身が取るべき対策の方向性も示唆しています。
事件の発生を受け、各証券会社および業界団体は、被害の拡大防止と再発防止に向けて迅速に対応を進めています。
写真はイメージです。各証券会社はセキュリティ対策に注力しています。
特に被害報告が多かったオンライン証券を中心に、具体的な対策が講じられています。
楽天証券は、2025年3月25日以降、不正取引に関与した可能性が高いとされる特定の中国株式(当初582銘柄、その後対象拡大の可能性あり)について、新規の買い注文を一時的に停止する措置を取りました。これは、同様の手口による被害拡大を防ぐための緊急的な対応です。同社はウェブサイト等で利用者に対し、パスワードの厳重な管理、二段階認証(多要素認証)の積極的な利用、フィッシング詐欺への注意を強く呼びかけています。警察や業界団体とも連携し、調査と対策を進めているとのことです。
SBI証券も、フィッシング詐欺に対する注意喚起を強化し、公式サイトで対策ガイドラインを公開しています。特に、より安全性の高い認証方式であるFIDO認証(生体認証や専用デバイスを用いる認証)やデバイス認証の利用を推奨しています。また、顧客に対して、安全なパスワードの設定・管理、利用するパソコンやスマートフォンのセキュリティ環境の整備(OSやソフトウェアのアップデート、セキュリティソフトの導入など)を呼びかけています。不正取引の監視体制も強化し、異常な取引パターンを検知した場合の口座凍結などの措置を迅速に行う体制を整備しているとみられます。
野村證券でも不正アクセスが確認されており、対策として一部の日本株についてインターネット経由の買い注文受付を一時停止する措置を取りました。その他の大手証券会社(SMBC日興証券、マネックス証券なども被害が報告されている)についても、業界全体の動きと歩調を合わせ、ログイン認証の強化(多要素認証の導入・推奨)、取引監視システムの強化、利用者への注意喚起といった対策を進めていると考えられます。ただし、個別の詳細な対応状況については、楽天証券やSBI証券ほどは公表されていない状況です。
この問題は個社にとどまらない業界全体の課題であるとの認識から、日本証券業協会(日証協)も対応に乗り出しています。2025年3月31日には、会員である全証券会社に対して、オンライン取引における不正アクセス事案に関する緊急の注意喚起を発出しました。この中では、フィッシング詐欺への警戒強化とともに、顧客認証プロセスの強化、特に多要素認証(MFA)の導入を推奨、将来的には義務化も視野に入れる方針が示唆されています。また、不正アクセス防止に関するガイドラインの見直しにも着手しており、業界全体でのセキュリティ水準の向上が図られています。金融庁・証券取引等監視委員会とも連携し、情報共有や指導が行われている模様です。
今回の事件に対する主要な証券会社の対応状況を、いくつかの側面から評価し、レーダーチャートで示します。これは公開情報に基づく推定であり、各社の内部的な取り組み全てを反映するものではありませんが、対応の方向性を理解する一助となります。
このチャートは、各社の対応の強みを示唆しています。例えば、楽天証券は「取引停止範囲」で高い評価となりうる一方、SBI証券は「セキュリティ強化(認証)」や「顧客コミュニケーション」で積極的な姿勢が見られます。業界全体としても、多要素認証の導入(セキュリティ強化)や監視体制の強化が進められていることがうかがえます。
この表は、証券口座乗っ取り事件における攻撃の側面と、それに対する証券会社や業界の対応策を要約したものです。
側面 | 攻撃の手法・影響 | 証券会社・業界の対応 |
---|---|---|
アクセス経路 | フィッシング詐欺、情報窃取マルウェア(インフォスティーラー)によるID/パスワード窃取 | 多要素認証(MFA)の導入推進・義務化検討、利用者への注意喚起、セキュリティ教育 |
不正な取引 | 保有する日本株等の無断売却、低流動性の香港・中国株の大量購入 | 特定の銘柄・取引の監視強化、不正疑義のある取引の一時停止(例: 楽天証券による特定中国株の買い注文停止) |
攻撃者の目的 | 株価操作(Pump and Dump)による不正利益獲得 | 日本証券業協会による会員への注意喚起、関係当局(警察、金融庁等)との連携による調査 |
利用者への影響 | 意図しない取引による多額の金銭的損失、口座凍結、精神的苦痛 | セキュリティ機能の強化(FIDO認証等)、パスワード管理の推奨、不正検知システムの向上、ガイドラインの見直し |
情報共有と連携 | 犯罪グループによる組織的な攻撃の可能性 | 証券会社間および業界団体(日証協)での情報共有、金融庁・証券取引等監視委員会との連携強化 |
このように、攻撃者は複数の段階を経て目的を達成しようとしますが、それに対して証券会社や業界も多層的な防御策と対応を進めています。しかし、最終的な防御ラインは利用者自身のセキュリティ意識と対策にかかっています。
以下の動画は、TBS NEWS DIGによって報じられたこの証券口座乗っ取り事件に関するニュース映像です。「香港株を限界まで買われた」という被害者の声や、事件の背景にある「株価操作」の可能性について解説しており、事件の深刻さを伝えています。
この報道では、被害に遭った方の具体的な状況(保有株が勝手に売られ、見知らぬ香港株に替えられていたこと、多額の損失が発生したことなど)が語られています。また、専門家は、取引量の少ない銘柄を狙って株価を不正に吊り上げる「株価操作」が目的である可能性を指摘しています。このような報道を通じて、事件の手口や影響、そして対策の重要性について理解を深めることができます。
今回の事件は、誰にでも起こりうるリスクであることを示しています。自身の資産を守るために、以下のセキュリティ対策を徹底することが極めて重要です。
これらの対策を講じることで、不正アクセスのリスクを最小限に抑えることができます。