カテーテル関連尿路感染症(Catheter-Associated Urinary Tract Infection: CAUTI)は、尿道カテーテルが留置されている患者さんに発生する尿路感染症であり、医療関連感染の中でも特に頻度が高いものの一つです。適切な診断と治療は、患者さんの予後改善だけでなく、薬剤耐性菌の出現抑制にも繋がるため、極めて重要です。本稿では、CAUTIの診断基準と治療法について、現在の医学的知見に基づき詳しく解説します。
CAUTI対策のハイライト
- 早期発見の鍵: 発熱や排尿時症状に加え、尿培養による菌の検出(\(10^3\)~\(10^5\) CFU/mL以上)が診断の基本です。
- 治療の最優先事項: 可能であれば、感染源である尿道カテーテルの速やかな抜去または交換が治療の第一歩となります。
- 賢明な抗菌薬選択: 原因菌と薬剤感受性試験に基づいた適切な抗菌薬の使用が、治療成功と耐性菌抑制に不可欠です。
CAUTIを正確に見抜く:診断基準の詳細
CAUTIの診断は、カテーテル留置の状況、臨床症状、そして検査所見を総合的に評価して行われます。他の感染源がないことを確認することも重要です。
(1) カテーテル留置状況と基本的定義
CAUTIは、尿道カテーテル(経尿道、膀胱瘻含む)または間欠的導尿カテーテルが2日以上留置されている、あるいは抜去後48時間以内に発症した尿路感染症と定義されます。無症状で細菌尿のみが認められる場合は、カテーテル関連無症候性細菌尿(CA-ASB)と区別され、原則として治療対象とはなりません(妊婦や泌尿器科的処置前などの例外を除く)。
図1:尿路系の概略図(腎臓、尿管、膀胱、尿道)
(2) 主な臨床症状
CAUTIを疑うべき症状には以下のようなものがあります。ただし、高齢者や免疫不全患者では症状が非特異的であったり、発熱のみが認められたりすることもあります。
- 発熱(38℃以上)や悪寒戦慄
- 原因不明の意識レベルの変化、傾眠
- 側腹部痛、肋骨脊柱角(CVA)叩打痛
- 膀胱刺激症状(頻尿、尿意切迫感、排尿時不快感)
- 恥骨上部の疼痛または圧痛
- 急性の血尿
- 骨盤部の違和感
これらの症状が他の感染症(例:肺炎、腹腔内感染)に起因するものではないことを確認する必要があります。
(3) 検査所見
尿検査・尿培養
CAUTI診断における最も重要な検査です。
- 尿検体の採取: カテーテルから無菌的に採取した尿、またはカテーテル交換時に採取した尿、あるいはカテーテル抜去後の中間尿を用います。
- 細菌培養の判定基準: 一般的に、1種類または2種類以下の細菌が \(10^3\) CFU/mL以上(文献によっては\(10^5\) CFU/mL以上)検出された場合に陽性と判断されます。JAID/JSC感染症治療ガイドライン2015では、症候性で尿培養陽性(一般に\(10^3\)~\(10^5\) CFU/mL以上)を基準としています。
- 尿沈渣: 白血球尿(膿尿)や細菌の存在を確認します。迅速検査としてテストテープ法も用いられますが、確定診断には培養が必要です。
血液検査
全身状態の評価や重症度判定のために行われます。
- 白血球数(WBC)増多やCRP(C反応性タンパク)上昇
- 敗血症が疑われる場合は血液培養を実施します。
画像検査
基礎疾患や合併症の評価が必要な場合に考慮されます。
- 腹部超音波検査: 腎盂腎炎や尿路閉塞の有無などを評価します。
- 腎膀胱部単純X線検査(KUB): 尿路結石などを疑う場合に行われることがあります。
CAUTIへのアプローチ:治療戦略
CAUTIの治療は、感染のコントロール、症状の緩和、そして合併症の予防を目的とします。基本は、カテーテル管理と適切な抗菌薬治療です。
(1) カテーテル管理
最も重要な治療介入の一つです。感染が確認された、あるいは強く疑われる場合、以下の対応が推奨されます。
- カテーテルの早期抜去または交換: 可能であれば、留置カテーテルは速やかに抜去します。継続的なカテーテル留置が必要な場合は、新しいカテーテルに交換します。カテーテル交換後に尿検体を再採取し、培養を行うことが推奨されます。
- 留置期間の最小化: カテーテルの留置は必要最小限の期間に留めるべきです。漫然とした長期留置は感染リスクを著しく高めます。
(2) 抗菌薬療法
抗菌薬の選択は、原因菌の特定と薬剤感受性試験の結果に基づいて行われるべきです。近年、薬剤耐性菌(特にESBL産生菌などのグラム陰性桿菌)が増加しているため、地域や施設のアンチバイオグラム(抗菌薬感受性サーベイランス情報)を参考にすることが重要です。
経験的治療(Empiric Therapy)
尿培養の結果が出るまでの初期治療として、以下のような抗菌薬が選択されることがあります。重症度や地域の耐性菌の状況を考慮します。
- セフェム系抗菌薬(例:第3世代セファロスポリン)
- ペニシリン系抗菌薬+βラクタマーゼ阻害剤配合薬
- キノロン系抗菌薬(耐性率の上昇に注意が必要)
急性腎盂腎炎に準じた選択がなされることもあります。
標的治療(Targeted Therapy)
尿培養および薬剤感受性試験の結果が判明したら、最も効果的でスペクトラムの狭い抗菌薬に変更します(De-escalation)。
治療期間
一般的には7~14日間が目安とされますが、症状の改善度や重症度、合併症の有無によって調整されます。全身症状の消失など、良好な臨床反応が見られた患者では7日間で十分な場合もあります。確立された一定の期間はありません。
無症候性細菌尿(CA-ASB)の取り扱い
前述の通り、CA-ASBに対しては、原則として抗菌薬治療は行いません。不必要な抗菌薬投与は薬剤耐性菌を誘導するリスクがあります。
(3) 支持療法
全身状態の改善を目的とした対症療法も重要です。
- 十分な水分補給
- 発熱や疼痛に対する解熱鎮痛剤の投与
CAUTIマネジメントの多角的視点
CAUTIの管理は、診断、治療、予防の各側面が相互に関連しています。以下のレーダーチャートは、CAUTI管理における主要な要素の相対的な重要度を示したものです。例えば、「迅速なカテーテル管理」や「正確な尿培養」は非常に高い優先度を持ち、「経験的抗菌薬の広域性」は状況に応じて調整が必要であることを示唆しています。
このチャートは、効果的なCAUTI管理には、診断の正確性、治療の迅速性と適切性、そして何よりも予防への意識がバランス良く求められることを示しています。
CAUTIの診断と治療フローの概観
以下の表は、CAUTIの診断から治療に至るまでの主要なステップと考慮事項をまとめたものです。
段階 |
主要項目 |
詳細・留意点 |
診断 |
カテーテル留置状況の確認 |
2日以上の留置、または抜去後48時間以内 |
臨床症状の評価 |
発熱、排尿関連症状、局所痛、全身倦怠感など。他の感染源を除外。 |
検査所見 |
尿培養(\(10^3\)~\(10^5\) CFU/mL以上の細菌検出)、尿沈渣(白血球、細菌)、必要に応じて血液検査、画像検査。 |
治療 |
カテーテル管理 |
速やかな抜去または交換が原則。 |
抗菌薬療法 |
経験的治療から開始し、培養・感受性結果に基づき標的治療へ。治療期間は7-14日が目安。無症候性細菌尿は原則治療不要。 |
支持療法 |
水分補給、解熱鎮痛剤など。 |
予防 |
総合的な対策 |
無菌的挿入、留置期間の短縮、閉鎖式ドレナージシステムの維持、適切な衛生管理。 |
カテーテル関連尿路感染症の全体像:マインドマップ
カテーテル関連尿路感染症(CAUTI)は多岐にわたる要素が絡み合っています。以下のマインドマップは、CAUTIの定義、診断、治療、そして予防という主要な側面を視覚的に整理したものです。これにより、CAUTIの全体像を把握しやすくなります。
mindmap
root["カテーテル関連尿路感染症 (CAUTI)"]
id1["定義"]
id1_1["尿道カテーテル留置中または
抜去後48時間以内の尿路感染"]
id1_2["医療関連感染の主要な一つ"]
id2["診断基準"]
id2_1["臨床症状"]
id2_1_1["発熱・悪寒"]
id2_1_2["排尿時症状
(頻尿、残尿感など)"]
id2_1_3["膀胱部・側腹部痛"]
id2_1_4["意識障害 (特に高齢者)"]
id2_2["検査所見"]
id2_2_1["尿培養: 10^3 CFU/mL以上
(単一または少数菌種)"]
id2_2_2["尿沈渣: 白血球尿、細菌尿"]
id2_2_3["血液検査: WBC増多、CRP上昇"]
id2_3["カテーテル留置状況"]
id2_3_1["2日以上の留置が目安"]
id2_4["他感染源の除外"]
id3["治療法"]
id3_1["カテーテル管理"]
id3_1_1["速やかな抜去"]
id3_1_2["交換 (継続が必要な場合)"]
id3_2["抗菌薬療法"]
id3_2_1["経験的治療
(グラム陰性桿菌をカバー)"]
id3_2_2["感受性結果に基づく標的治療"]
id3_2_3["治療期間: 7-14日程度"]
id3_2_4["無症候性細菌尿は
原則治療しない"]
id3_3["支持療法"]
id3_3_1["水分補給"]
id3_3_2["解熱鎮痛剤"]
id4["予防策"]
id4_1["適正なカテーテル使用"]
id4_1_1["適応の厳格化"]
id4_1_2["早期抜去の検討"]
id4_2["無菌的挿入・管理"]
id4_2_1["手技の標準化"]
id4_2_2["閉鎖式ドレナージシステムの維持"]
id4_3["定期的な衛生管理"]
このマインドマップは、CAUTIの各要素がどのように連携しているかを示し、包括的な理解を助けます。特に診断においては、症状、検査、カテーテル状況を総合的に判断することの重要性がわかります。
動画で学ぶCAUTI予防策
カテーテル関連尿路感染症の予防は、発生を未然に防ぐ上で極めて重要です。以下の動画では、医療現場で実践できる具体的なCAUTI予防策について、CDCガイドラインや過去の事例を基に解説されています。適切なカテーテル管理や衛生手技がいかにCAUTIリスクを低減するかが視覚的に理解できます。
この動画で紹介されている予防策を日常診療に取り入れることは、患者さんの安全を守り、医療の質を向上させるために不可欠です。特に、カテーテルの挿入適応の厳格な判断、無菌的な挿入操作、閉鎖式ドレナージシステムの維持、そして可能な限り早期の抜去が強調されています。
よくあるご質問 (FAQ)
Q1: CAUTIと診断されたら、必ず入院が必要ですか?
必ずしも入院が必要というわけではありません。軽症で全身状態が良好な場合は、外来での経口抗菌薬治療が可能なこともあります。しかし、発熱が高い、全身状態が悪い、腎盂腎炎を合併している、経口摂取が困難などの場合は入院治療が推奨されます。医師が重症度や患者さんの背景(年齢、基礎疾患など)を総合的に判断します。
Q2: カテーテルを留置しているだけで、症状がなくても抗菌薬を飲むべきですか?
症状がない場合(カテーテル関連無症候性細菌尿:CA-ASB)は、原則として抗菌薬治療の対象とはなりません。不必要な抗菌薬の使用は、薬剤耐性菌の出現リスクを高める可能性があります。ただし、妊婦の方や、これから泌尿器科的な処置・手術を受ける予定がある場合など、特定の状況下では予防的に抗菌薬が投与されることがあります。医師の指示に従ってください。
Q3: CAUTIの治療で抗菌薬を飲み始めたら、どのくらいで効果が出ますか?
適切な抗菌薬が選択されていれば、通常2~3日以内に解熱傾向や症状の改善が見られ始めます。しかし、効果の現れ方には個人差があり、原因菌の種類や薬剤感受性、患者さんの状態によって異なります。数日経っても症状が改善しない、あるいは悪化するような場合は、抗菌薬が効いていない可能性や他の原因が考えられるため、速やかに医師に相談してください。
Q4: CAUTIを予防するために自分でできることはありますか?
患者さん自身やご家族ができることとしては、まずカテーテルや採尿バッグの取り扱いについて医療スタッフから正しい指導を受け、それを守ることが基本です。陰部の清潔を保つこと、採尿バッグが床につかないように適切な高さに保つこと、チューブの屈曲や閉塞がないか確認することなどが挙げられます。また、カテーテルの必要性について定期的に医師と話し合い、不要であれば早期に抜去してもらうことも重要です。ただし、自己判断でのカテーテルの操作や消毒は避けてください。
推奨される関連検索
参考文献