海外出張は、グローバルビジネスを展開する上で不可欠な活動です。しかし、それに伴う旅費の精算や手続きは煩雑になりがちです。そこで重要となるのが「海外出張旅費規程」の作成です。この規程は、出張に伴う費用(交通費、宿泊費、日当など)の取り扱いや申請・精算の手続きなどを明確に定めた社内ルールであり、企業にとっても従業員にとっても多くのメリットをもたらします。
海外出張旅費規程は、単に旅費の支給基準を定めるだけでなく、企業経営において重要な役割を果たします。その主な目的は以下の通りです。
規程を設けることで、出張にかかる費用項目や支給基準が明確になります。これにより、従業員は迷うことなく経費精算を行うことができ、経理部門も基準に基づいて迅速かつ正確な処理が可能となります。実費精算に比べて、定額支給を導入することで、さらに経理業務の簡素化が図れます。
多くの企業では、出張経費規程を作成することで、旅費交通費だけでなく出張日当も経費として計上しています。これにより、これらの経費を非課税にすることが可能になります。
画像は海外出張におけるミーティングの様子を示しており、海外出張がビジネスにおいて重要な活動であることを示唆しています。このような活動に伴う費用を適切に管理するために、出張旅費規程が不可欠です。
出張旅費規程に基づき支給される日当や宿泊費のうち、業務遂行のために通常必要と認められる範囲内のものは、所得税法上、非課税扱いとなります。これは、従業員にとっては手取り収入が増えることになり、企業にとっては経費として計上できるため、法人税の節税につながるという双方にメリットのある仕組みです。ただし、過度に高額な日当や宿泊費は税務署から否認される可能性があるため、社会通念上妥当な金額を設定することが重要です。
マネーフォワードクラウドの記事でも、出張旅費規程の作成が節税に繋がることが述べられています。
明確な規程があることで、どの従業員にも公平に旅費が支給されるようになります。これにより、従業員の不満や疑問が解消され、安心して業務に集中できます。また、出張における手当の支給は、従業員のモチベーション向上にも繋がる可能性があります。
海外出張旅費規程を作成する際には、以下の主要な項目を盛り込むことが一般的です。これらの項目を具体的に定めることで、規程の実効性が高まります。
規程の目的(例:社命による海外出張に関する手続きおよび旅費に関する事項を定める)と、適用される対象者(例:役員、社員、嘱託職員など)および出張の定義(例:社命により日本国外に出張する場合)を明確に記載します。また、規程が適用される出張期間の日数を定める場合もあります。
海外出張において支給される旅費の種類を定義します。一般的には、宿泊料、日当、交通費が出張旅費の主要な構成要素となります。その他、支度料や海外渡航費用、出入国にかかる費用などを加える企業もあります。
出張先での宿泊にかかる費用です。役職や地域によって上限額を設けるのが一般的です。各国の物価や治安、ビジネスホテルと高級ホテルの価格差などを考慮して、現実的な金額を設定する必要があります。定額支給とするか実費支給とするかを定めることも重要です。
出張中の食費や雑費に充てるための手当です。こちらも役職や地域によって金額を定めることが推奨されます。国内出張よりも高額に設定されることが多いです。産労総合研究所の調査によると、2019年度の海外出張における日当の平均支給額は、北米地域で部長クラスが5,593円、一般社員が4,913円、中国地域で部長クラスが5,185円、一般社員で4,514円となっています。これらのデータは規程作成の参考になりますが、最新の経済状況や物価変動を考慮することが必要です。
出張先への往復および現地での移動にかかる費用です。航空機、鉄道、タクシーなどの利用に関するルールを定めます。航空機の場合、エコノミークラスを原則とする企業が多いですが、役職によってはビジネスクラスの利用を認める場合もあります。最も効率的で合理的な経路・手段を利用することを原則とすることが一般的です。
上記以外に、パスポートやビザの取得費用、予防接種費用、海外旅行保険料、通信費、ランドリー代など、海外出張特有の費用について、支給の有無や基準を定めます。特に海外旅行保険への加入は、予期せぬ病気や事故に備えるために重要であり、会社負担とするか個人負担とするかを明確にすべきです。
海外の出張先をいくつかの地域に区分し、それぞれの地域に応じた旅費の支給基準(特に宿泊料と日当)を定めることが一般的です。これは、国や地域によって物価や経済状況が大きく異なるため、実情に合った支給を行うためです。例えば、北米、欧州、アジアなどの大まかな区分や、さらに細分化した区分を設定することが考えられます。地域ごとの物価を考慮した支給基準を設定することで、従業員の負担を軽減し、公平性を保つことができます。
2019年度の調査では、海外出張における一般社員の滞在費(宿泊費と日当の合算と考えられる)の地域別平均は、北米:16,735円、中国:15,143円、東南アジア:14,725円となっています。
海外出張の申請、承認、報告、精算に関する具体的な手続きを定めます。出張の必要性、期間、目的地、同行者などを記載した出張届の提出、所属長や社長の承認プロセス、帰国後の報告書の提出期限や内容などを明確にすることで、スムーズな手続きと管理が可能となります。
海外出張の申請時には、出張先、用件、日程、必要経費などを記載した書類を提出し、承認を得る必要があります。
出張から帰国後の旅費の精算方法について詳細を定めます。原則として、規程に基づき計算された定額を支給するのか、領収書に基づき実費を精算するのかを明確にします。実費精算の場合には、提出すべき書類(領収書など)や提出期限などを定めます。
規程内で旅費の支給額を明確に定めることで、実費精算の手間を省き、経理処理を効率化できます。
その他、長期出張の場合の扱い、出張中の病気や事故、天災などによる予定外の滞在に関する旅費の取り扱い、出張先での業務の都合による特別な費用の取り扱い、海外旅行保険の加入義務や補償範囲、緊急連絡先なども規程に盛り込むことが推奨されます。
出張中に予期せぬ事態が発生した場合の対応について、例えば負傷や疾病、天災などにより予定を超えて滞在した場合の旅費の支給についても定めておくと安心です。
海外出張旅費規程を作成する際の手順と、考慮すべきポイントを以下に示します。
まずは、現在の海外出張における実態(出張の頻度、主な目的地、かかっている費用、精算方法など)を把握し、課題を特定します。例えば、精算業務が煩雑である、旅費に関する問い合わせが多い、不公平感がある、といった課題がないかを確認します。
規程を作成する目的(例:経費削減、業務効率化、従業員の満足度向上など)と、それに沿った基本方針を決定します。節税を重視するのか、従業員の利便性を優先するのかなど、会社の考え方を明確にします。
前述の主要項目を参考に、自社に必要な項目を選定し、それぞれの内容を具体的に定めます。役職、地域、出張日数などに応じた旅費の支給基準を慎重に検討します。同業他社の規程や一般的な相場を参考にすることも有効です。
検討した内容に基づき、規程のドラフトを作成します。作成したドラフトを経理部門、人事部門、役員など関係部署と共有し、意見交換を行い、調整を行います。特に、旅費の金額設定については、経理部門と十分に連携を取り、会社の財務状況や税務上の考慮事項を踏まえる必要があります。
作成した規程が労働基準法などの関連法令に適合しているかを確認します。出張旅費規程は、全従業員に適用される場合、就業規則の一部として取り扱われることがあります。この場合、労働基準監督署への届出が必要となる場合がありますので、専門家(社会保険労務士など)に相談することを検討してください。
規程が確定したら、全従業員に周知徹底します。説明会を実施したり、社内イントラネットに掲載したりするなど、従業員が規程の内容を理解し、遵守できるように努めます。その後、規程に基づいた運用を開始します。
海外出張旅費の相場は、企業の規模、業種、役職、出張先地域などによって大きく異なります。以下の表は、2019年度の調査に基づいた、役職別の海外出張における日当および宿泊費の平均支給額の例です。
役職区分 | 地域 | 日当(円/日) | 宿泊費(円/日) |
---|---|---|---|
部長クラス | 北米 | 5,593 | 16,385 |
一般社員 | 北米 | 4,913 | 16,735 |
部長クラス | 中国 | 5,185 | 13,570 |
一般社員 | 中国 | 4,514 | 15,143 |
これらの数値はあくまで参考であり、実際の規程作成にあたっては、自社の状況や最新の経済動向を踏まえる必要があります。近年は円安や物価高の影響もあり、2019年度の相場から変動している可能性が高いです。規程の金額設定にあたっては、以下の点を考慮することが重要です。
海外出張旅費規程の作成にあたっては、インターネット上などで公開されているテンプレートやサンプルを参考にすることができます。これらのテンプレートをベースに、自社の実情に合わせて内容を修正・加筆していくことで、効率的に規程を作成することが可能です。
ただし、テンプレートはあくまで一般的な内容であるため、そのまま使用するのではなく、必ず自社の業務内容、組織体制、海外出張の実態に合わせてカスタマイズすることが重要です。
以下のYouTube動画では、旅費規程のサンプルや作成方法について解説されています。参考にしてみてください。
この動画では、旅費規定のサンプルが公開されており、規定導入の際の参考になります。
法律で義務付けられているものではありませんが、作成することで経費管理の適正化、節税、従業員の安心につながるため、作成することを強く推奨します。特に海外出張が多い企業にとっては、必須とも言えるでしょう。
個人事業主の場合、「出張手当」という概念は税務上認められておらず、実費のみが経費となります。そのため、会社のような出張旅費規程を作成しても、税務上のメリットはありません。
規程に「特記事項」として、特別な理由により所定の旅費で支弁しがたい場合は、実費を支給することがある、といった条項を設けておくことが一般的です。ただし、その際には所属長の承認など、一定の手続きを定めるべきです。
規程の中で、出張期間中に休日を挟む場合の扱い(労働時間として扱うか否か、日当や宿泊費の支給の有無など)を明確に定めておく必要があります。