東北大学大学院教育学研究科生涯スポーツ分野での研究テーマ選定、誠にお疲れ様です。ご提示いただいた2つの研究テーマは、いずれも現代日本のユーススポーツにおける喫緊の課題に深く関わるものであり、Jリーグを目指すチームでの実践的なご経験に基づいた問題意識は、学術研究においても大変貴重な視点となります。両テーマの可能性、関連研究、そして具体的なアプローチについて、提供された情報と先行研究の動向を踏まえ、多角的に分析し、研究テーマ決定の一助となる情報を提供いたします。
小学生年代のサッカー指導という実践の場で「競技力向上」と「人格形成」の両立に課題を感じておられるとのこと、これはスポーツ教育における普遍的かつ今日的な重要課題です。特に、高い競技レベルを目指す環境下では、勝利至上主義に陥りやすく、人間的成長の側面が疎かになる危険性が指摘されています。Jクラブアカデミーや強豪チームのように、高い競技成績を収めつつ、多くの優れた選手を輩出している組織が、この二つの目標をどのように統合し、実践しているのかを明らかにすることは、今後のユーススポーツ指導のあり方を考える上で極めて重要です。
小学生へのサッカー指導の様子 (出典: 駒沢学園女子中学校・高等学校)
スポーツが人格形成に与える影響については、スポーツ心理学や教育学の分野で多くの研究が蓄積されています。これらの研究では、スポーツ活動が自己制御力、協調性、リーダーシップ、忍耐力といったポジティブな心理的特性の育成に寄与する可能性が示唆されています(例:高知工科大学の研究)。特に、指導者や親といった大人の関わり方が、子どもの心理的発達や同一性形成に大きな影響を与えることが強調されています(例:国立情報学研究所関連PDF)。
一方で、「スポーツは必ずしも人格形成に良い影響を与えるとは限らない」という批判的な視点も存在します(例:名桜大学 大峰准教授の研究)。勝利至上主義、過度な競争、指導者による不適切な言動などが、かえって非社会的な行動を助長する可能性も指摘されています。したがって、単にスポーツ活動に参加すること自体が人格形成を保証するわけではなく、指導者の理念や具体的な指導方法が決定的に重要となります。
先行研究では、大学生アスリートを対象に、競技経験の振り返りを通じた自己形成や心理的自立支援の重要性が論じられていますが(例:中込(2013)、江田・中込(2009)の研究)、競技力向上と人格形成の両立は容易ではないことも示唆されています。
ご提案の研究計画は、この課題に対する実践的な解を探る上で非常に有効です。
これらの調査を通じて、現場の実践知を集積し、両立を促進するための具体的な指導モデルや留意点を提示することが期待されます。
東北大学教育学部の生涯スポーツ分野は、スポーツ科学の知見を教育や地域社会での実践に応用することを目指しており、本テーマは「スポーツ教育学」や「スポーツ心理学」の観点から深く探求できる、適合性の高い研究と言えます。ご自身の現場経験を研究に活かし、理論と実践を架橋する貢献が期待できます。
教員の長時間労働是正を主たる目的とした「働き方改革」の一環として、中学校・高等学校の部活動指導を外部の指導者や団体に委託する動きが全国的に加速しています。これには、専門的な指導による競技力向上や、教員の負担軽減といったメリットが期待されています。
運動部活動の地域移行のイメージ (出典: JSPO)
しかし、この外部委託化・地域移行には、いくつかの懸念や課題が指摘されています。
これらの課題は、部活動がこれまで(理想的には)担ってきたとされる「人格教育」の側面が、外部委託によって損なわれるのではないか、というご懸念に直結します。
「部活動の外部委託が直接的に人格教育の欠如を引き起こす」という因果関係に特化した学術的な「先行研究」は、現時点ではまだ少ない可能性があります。これは、この問題が比較的新しく、現在進行形の政策課題であるためです。しかし、このテーマを研究する上で基盤となる関連研究や資料は複数存在します。
これらの資料を丹念に調査・分析することで、「人格教育の欠如」という問題意識の妥当性や、その背景要因をより深く理解することができます。
ご提案の通り、全国の自治体がこの課題にどのように対応しているのか、どのような「優良な解決策アプローチ」が試みられているのかを調査することは、非常に有意義な研究となります。考えられるアプローチ例としては、以下のようなものが挙げられます(Answer B, C, D より)。
全国の自治体の取り組みを比較検討し、効果的なアプローチの条件や、導入における障壁などを分析することで、実践的な提言に繋げることが期待されます。
部活動の外部委託は、様々な要因や関係者が関わる複雑な問題です。以下の図は、このテーマに関連する主要な概念とその関係性を視覚的に整理したものです。
この図は、研究を進める上で考慮すべき要素を網羅的に示しており、リサーチクエスチョンを具体化する際の助けとなるでしょう。
テーマ1に関連し、優れた指導者が「競技力向上」と「人格形成」をどのようにバランスさせているかを考える上で、育成において重視されるべき様々な要素を整理することが有効です。以下のレーダーチャートは、理想的な育成環境において重視されるべき要素(青線)と、一般的な現場で実際に重点が置かれがちな要素(赤線)を比較したものです。これはあくまで一例であり、実際の指導現場の状況は多様です。
このチャートは、研究テーマ1において、指導者がどの要素を重視し、それが選手の総合的な成長(競技力と人格形成)にどう結びついているのかを分析する際の視覚的な枠組みを提供します。実際の研究では、インタビューやアンケートを通じて、指導者自身の認識や実践状況をこのレーダーチャートのような形で可視化し、比較分析することが考えられます。
最終的なテーマ決定のために、両テーマの特徴を比較検討してみましょう。以下の表は、それぞれのテーマの焦点、考えられる研究方法、強み、課題、主な情報源をまとめたものです。
比較項目 | テーマ1:競技力向上と人格形成の両立 | テーマ2:部活動外部委託と人格教育の課題 |
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主な焦点 | 指導者の実践知、育成哲学、指導方法、両立のメカニズムと課題 | 制度・政策の問題点、指導者の質、自治体の対応策、人格教育への影響 |
主な研究方法 | 質的研究(インタビュー、事例研究)、量的研究(アンケート) | 文献調査(政策文書、報告書)、事例調査(自治体へのヒアリング)、アンケート調査、内容分析 |
強み・意義 | 自身の現場経験を活かせる、具体的・実践的な知見が得られる、スポーツ教育の根源的課題への貢献 | 社会的・時事的関心が高い、政策提言に繋がりうる、部活動改革の現状分析に貢献 |
考えられる課題 | 対象となる指導者へのアクセス、"両立"の定義・測定の難しさ、質的研究の分析の複雑さ | 「人格教育の欠如」の直接的証明の難しさ、自治体による情報公開の差、多岐にわたる要因の整理 |
主な情報源 | Jクラブ/強豪チーム指導者、選手、関連学術論文(スポーツ心理学、教育学) | 文科省/スポーツ庁/自治体の文書・報告書、関連ニュース記事、外部指導者、教員、保護者、関連学術論文(教育行政学、社会学) |
どちらのテーマも東北大学教育学部生涯スポーツ分野の研究領域に合致しており、大変興味深く、意義深い研究となる可能性を秘めています。ご自身の最も強い関心、問題意識、そしてこれまでのご経験がより活かせるテーマはどちらか、指導教員となる先生ともよくご相談の上、最終決定されることをお勧めします。
両テーマに共通する背景として、日本のスポーツ文化そのものについて考える視点も重要です。以下の動画は、スポーツ界の不祥事を契機に、勝利至上主義や旧来の指導法に疑問を呈し、スポーツが本来持つべき価値について再考を促す内容です。研究を進める上で、より広い文脈で日本のスポーツ指導や部活動のあり方を捉えるための参考になるかもしれません。
動画:【ダイジェスト】中村聡宏氏:不祥事続きの今こそ考えたいスポーツの価値
この動画で議論されているような、日本のスポーツ文化における「勝利」や「教育」の位置づけ、指導者養成のあり方といったマクロな視点は、ご自身の研究テーマをより深く、多角的に考察する上で示唆を与えてくれるでしょう。特に、部活動の外部委託が進む中で、どのような価値観に基づいて指導が行われるべきか、という問いは、テーマ2と直接的に関わってきます。
大学の図書館データベース(CiNii Articles, J-STAGEなど)や学術検索エンジン(Google Scholarなど)を活用するのが基本です。キーワード(例:「スポーツ 人格形成」「部活動 外部委託」「指導者 質」「地域移行」)を変えながら検索してみてください。また、参考文献リストに挙げた文部科学省やスポーツ庁のウェブサイトには、関連する報告書やガイドラインが公開されています。さらに、先行研究の参考文献リストを辿るのも有効な方法です。
まず、研究目的と内容、プライバシー保護について丁寧に説明し、インフォームド・コンセント(十分な説明に基づく同意)を確実に得ることが倫理的に不可欠です。質問項目は事前に準備しつつも、相手の話の流れに合わせて柔軟に深掘りする半構造化インタビューが有効でしょう。「両立」という抽象的な概念について、具体的な指導場面や工夫、悩みなどを引き出すような質問を心がけると良いでしょう。指導者の多忙さを考慮し、時間的制約にも配慮が必要です。
おっしゃる通り、「人格教育の欠如」を直接的かつ客観的に測定・証明することは非常に困難です。そのため、研究アプローチとしては、①外部委託導入前後の変化に関する関係者(生徒、教員、保護者)の認識調査、②外部指導者の指導内容や言動に関する観察・記録、③指導者の「教育的役割」に関する認識調査、④自治体のガイドラインや研修内容における「人格教育」の位置づけ分析、などを組み合わせることが考えられます。「欠如」を断定するのではなく、「人格教育の側面が軽視される、あるいは変容するリスクや実態」を多角的なデータから明らかにすることを目指すのが現実的でしょう。
まずは、関連する先行研究や資料を読み込み、現状で何が明らかになっていて、何がまだ研究されていないのか(リサーチギャップ)を把握することが重要です。その上で、ご自身の関心や問題意識、利用可能なリソース(時間、アクセス可能な調査対象など)を考慮し、具体的で検証可能な「リサーチクエスチョン(研究問い)」を設定します。例えば、テーマ1なら「〇〇な指導理念を持つ指導者は、どのように競技力と人格形成の両立を図っているか?」、テーマ2なら「部活動の外部指導者に対する研修制度は、指導の質や教育的視点の確保にどの程度寄与しているか?」といった形です。指導教員の先生との議論を通じて、問いを磨き上げていくプロセスが不可欠です。