最近、「コメの価格は決して高くない」との発言で注目を集めているJA全中(全国農業協同組合中央会)。この組織はいったい何者で、日本の農業や私たちの食生活にどのような影響力を持っているのでしょうか?本記事では、JA全中の成り立ちから役割、そして話題の発言の背景に至るまで、詳しく掘り下げていきます。
JA全中(ジェイエイぜんちゅう)は、「全国農業協同組合中央会」の略称です。1954年(昭和29年)に農業協同組合法に基づいて設立された、JAグループの独立的な総合指導機関としての役割を担ってきました。当初は特別認可法人でしたが、2015年の農協法改正を受け、2019年(令和元年)に一般社団法人へと組織変更しました。この変更により、かつて持っていたJAに対する監査権限や指導権限の一部は失われましたが、「中央会」としての名称は維持し、JAグループの代表としての機能は継続しています。
JA全中は、日本全国に約700存在する地域JA(農業協同組合)や、JA全農(全国農業協同組合連合会)、JA共済連(全国共済農業協同組合連合会)といった都道府県段階・全国段階の連合会などで構成される「JAグループ」全体の総合調整や代表、経営相談などを行っています。
JA全中の公式ロゴ
JA全中は、JAグループ全体の羅針盤ともいえる存在で、主に以下の3つの重要な機能を果たしています。
JAグループ全体の意思をとりまとめ、政府や関係省庁、政党などに対して農業政策に関する提言や要請を行います。また、国内外に向けてJAグループの活動や日本の農業の現状について情報発信する役割も担います。
全国のJAや連合会が、それぞれの地域や事業分野で活動する中で、JAグループとしての一体性を保ち、共通の目的に向かって連携・協調できるように、方針を示し、利害を調整します。事業運営の基本方針の策定なども行います。
各JAや連合会の健全な経営と事業発展を支援するため、経営分析や診断、事業改善に関する指導・助言、役職員向けの研修や教育プログラムの提供などを行います。これには、法務、税務、会計などの専門的なサポートも含まれます。
これらの機能を通じて、JA全中は組合員である農家の農業所得の向上、農業生産の振興、そして豊かな地域社会の実現を目指しています。
JA全中を理解するためには、JAグループ全体の構造を知ることが重要です。JAグループは、地域ごとの個々の農家・組合員を基礎とし、市町村段階の「地域JA」、都道府県段階の「連合会(JA信連、JA経済連(JA全農県本部)、JA共済連県本部、JA厚生連など)」、そして全国段階の「連合会(JA全農、JA共済連、農林中央金庫など)」と「JA全中」で構成されています。このピラミッド構造の頂点に立ち、全体を指導・代表するのがJA全中です。
JAグループの組織構造(出典:JA全中ウェブサイトより概念を基に作成)
JA全中は、JAグループ内の様々な専門機関と密接に連携しています。
JA全中はこれらの全国連合会とも連携し、JAグループ全体の事業が円滑に進むよう調整役を果たしています。
2025年5月13日の定例記者会見で、JA全中の山野徹会長は現在のコメ価格について「決して高いとは思っていない」との認識を示しました。この発言は、消費者感覚とは異なるため注目を集めましたが、その背景には生産者側が直面する厳しい現実があります。
山野会長の発言の根底には、近年の農業経営における生産コストの著しい上昇があります。肥料価格、燃油価格、農業機械の価格、さらには人件費など、あらゆるコストが上昇しており、これらがコメ生産農家の経営を圧迫しています。会長は、「コスト増加分を販売価格へ反映していかなければ持続可能な生産は実現できない」とも述べており、長年にわたり生産コストに見合わない価格でコメを供給してきた農家の苦境を代弁した形です。
JA全農にいがたが2025年産のコシヒカリの農家からの買取最低額を前年より大幅に引き上げた(6000円高い2万3000円/60kg)ことも、このコスト増を反映した動きと言えます。消費者から見れば価格上昇は負担増となりますが、生産者にとっては適正な価格形成への一歩と捉えられています。
JA全中 山野会長による記者会見の様子(関連動画より)。コメ価格に関する認識が語られています。
この動画では、JA全中の山野会長が記者会見でコメの価格について直接言及している様子が収められています。会長の発言のニュアンスや、質疑応答を通じて、JA全中が現在のコメ市場をどのように捉え、どのような方針で臨もうとしているのか、より深く理解する手助けとなります。特に、生産コストの上昇と持続可能な農業の観点からの価格形成の必要性について語られている部分は、今回の「コメは高くない」という発言の核心に触れるものです。
コメ価格の急騰を抑えるため、政府は備蓄米の放出を行っています。報道によれば、JAグループ(主にJA全農)が放出された備蓄米の約21万トンのうち9割以上を落札したとされています。これに対し、山野会長は政府備蓄米の放出効果を評価しつつも、JA全中としては流通状況を注視し、コメの安定供給に努める考えを強調しています。店頭価格の急激な変動を抑え、消費者のコメ離れを防ぎつつ、生産者にとっても持続可能な価格水準を模索するという難しい舵取りが求められています。
JA全中が日本の農業において持つ影響力は多岐にわたります。以下のレーダーチャートは、JA全中の活動が関連する様々な側面に対する影響度合いを概念的に示したものです。各項目は1(影響小)から5(影響大)で評価されています。
このチャートは、JA全中が特に農業政策への影響力が強いこと、農家所得や持続可能な農業推進にも一定の貢献をしている一方で、消費者価格への直接的な影響や組織運営の透明性については、評価が分かれる可能性を示唆しています。市場安定への寄与も重要な役割ですが、その効果については様々な見方があります。
以下のマインドマップは、JA全中の主要な機能と、近年直面している課題を整理したものです。これにより、組織の多面的な側面を概観できます。
このマインドマップは、JA全中がJAグループの頂点として代表、調整、相談という3つの柱で活動していることを示しています。一方で、「コメ価格」に関する発言は代表機能の一環とも言えますが、システム開発の失敗といった「直面する課題」は組織運営の信頼性に関わる大きな問題です。
JA全中は日本の農業界において大きな影響力を持つ一方で、近年いくつかの課題や批判に直面しています。
最も大きな問題の一つが、JAグループの業務効率化を目指した基幹システム「新Compass-JAシステム」の開発失敗です。このプロジェクトは最終的に中止となり、報道によれば180億円から220億円規模の追加損失が発生すると見込まれています。この巨額損失の処理をめぐっては、JA全中が全国のJAに対して負担を求める可能性も示唆されており、一部の農業協同組合からは強い反発や経営責任を問う声が上がっています。この問題は、JA全中の財政状況や組織運営能力に対する信頼を大きく揺るがす事態となっています。
2015年の農協法改正により、JA全中のJAに対する監査権限などがなくなり、一般社団法人へ移行したことで、その役割や必要性について改めて議論がなされています。一部の報道では、農協組合長や役員へのアンケートで、JA全中の必要性に疑問を呈する声が半数近くにのぼったとも伝えられています。組織の効率性や、組合員のニーズに真に応えられているのかといった点が問われています。
こうした課題に直面しながらも、JA全中は日本の農業振興と地域社会の活性化という使命を担い続けています。コメ価格に関する発言も、こうした組織の立場と現状認識から発せられたものと理解することができます。
JA全中に関する主要な情報を以下の表にまとめました。
項目 | 内容 |
---|---|
正式名称 | 一般社団法人 全国農業協同組合中央会 |
略称 | JA全中(ジェイエイぜんちゅう) |
設立 | 1954年(昭和29年) |
組織形態変更 | 2019年(令和元年)に特別認可法人から一般社団法人へ移行 |
主な役割 | JAグループの代表、総合調整、経営相談・支援、政策提言 |
現会長 | 山野 徹(2025年5月現在) |
コメ価格に関する最近の主な発言(山野会長) | 「(現在のコメ価格は)決して高いとは思っていない」(2025年5月13日) 「コスト増加分を販売価格へ反映していかなければ持続可能な生産は実現できない」 |
近年の主な課題 | 基幹システム開発の失敗とそれに伴う巨額損失(約180億~220億円規模)、組織運営に対する批判、一部会員からの存在意義への疑問 |
関連する主な法律 | 農業協同組合法 |
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