プライム市場に上場する企業が「監査等委員会設置会社」へ移行し、その結果として株主総会後に「常勤監査役」がいなくなるケースが増えています。これはコーポレートガバナンス強化の一環ですが、株主からは監査機能の実効性について疑問の声が上がる可能性があります。本稿では、このような状況下での株主総会で想定される質問と、それに対する模範的な回答例を詳しく解説します。
監査等委員会設置会社は、2015年の会社法改正で導入された株式会社の機関設計の一つです。従来の「監査役会設置会社」とは異なり、取締役会の中に「監査等委員会」を設置します。この委員会は3名以上の取締役で構成され、その過半数は社外取締役である必要があります。主な目的は、取締役会の監督機能を強化し、経営の意思決定を迅速化することにあります。
監査等委員会設置会社の仕組み
監査役会設置会社では、監査役会の中に1名以上の「常勤監査役」を置くことが義務付けられています。常勤監査役は、日常的に社内情報を収集し、監査活動の中心的な役割を担います。しかし、監査等委員会設置会社では、このような常勤監査役の設置義務はありません。監査機能は、社外取締役を中心とする監査等委員会全体で担うことになります。そのため、監査等委員会設置会社へ移行すると、従来の常勤監査役は制度上存在しなくなり、株主総会後に退任することがあります。
これは法的に問題ないものの、株主にとっては「日常的な監査が手薄になるのではないか」「経営陣への牽制機能が弱まるのではないか」といった懸念が生じる可能性があります。そのため、企業側は株主総会で、移行の目的と新体制での監査の実効性について、丁寧に説明する必要があります。
監査役会設置会社と監査等委員会設置会社では、監査体制の構造と役割に違いがあります。以下の表は、両者の主な特徴を比較したものです。特に、常勤監査役の有無と監査役(委員)の構成に注目してください。
項目 | 監査役会設置会社 | 監査等委員会設置会社 |
---|---|---|
監査機関 | 監査役会 | 監査等委員会(取締役会内) |
監査役/委員の構成 | 3名以上、半数以上は社外監査役 | 3名以上(全員が取締役)、過半数は社外取締役 |
常勤監査役の設置義務 | あり(1名以上) | なし |
監査役/委員の役割 | 業務監査・会計監査、取締役の職務執行の監査 | 業務監査・会計監査、取締役の職務執行の監査、取締役の選解任等に関する意見陳述権 |
取締役の選任 | 株主総会で選任 | 監査等委員である取締役と、それ以外の取締役を区別して株主総会で選任 |
取締役の任期 | 原則2年 | 監査等委員である取締役は2年、それ以外の取締役は1年 |
主なメリット | 監査役の独立性が高いとされる | 取締役会による監督機能強化、意思決定の迅速化、社外取締役の活用促進 |
主なデメリット | 監査役と取締役会の連携不足の可能性 | 社外取締役への負担集中、監査の実効性確保が課題となる可能性 |
監査役会設置会社と監査等委員会設置会社の比較
この表からわかるように、監査等委員会設置会社では、常勤監査役が担ってきた日常的な監査業務や情報収集の役割を、主に社外取締役が中心となる監査等委員会全体でカバーする必要があります。これが株主の懸念点となりやすいポイントです。
株主総会では、監査体制の変更、特に常勤監査役が不在になることについて、様々な角度からの質問が予想されます。以下に具体的な想定問答を示します。
「なぜ監査役会設置会社から監査等委員会設置会社へ移行するのでしょうか?また、それによってどのようなガバナンス強化や経営の迅速化が期待できるのですか?」
「当社が監査等委員会設置会社へ移行する主な理由は、取締役会の監督機能を一層強化し、経営の意思決定プロセスをより迅速かつ効率的にするためです。監査等委員会は、委員の過半数を独立性の高い社外取締役で構成することが義務付けられており、これにより経営に対する客観的な監視が一層強化されます。また、監査等委員は取締役として取締役会での議決権を持つため、監査結果や意見を直接経営判断に反映させやすくなり、ガバナンスの実効性向上と意思決定の迅速化につながると考えております。」
「今回の株主総会をもって常勤監査役が退任されますが、これまで常勤監査役が担ってきた日常的な情報収集や内部監査部門との連携などは、新体制でどのように引き継がれ、監査の実効性は確保されるのでしょうか?特に非常勤の社外取締役が中心となる中で、監査の質が低下する懸念はありませんか?」
「ご懸念のとおり、常勤監査役が担ってきた役割は重要です。新体制では、その役割を監査等委員会全体で組織的に担ってまいります。具体的には、
(1) 情報収集体制の強化: 監査等委員会は、重要な会議への出席権限や、取締役・従業員に対する報告請求権を有しており、これらを積極的に活用します。また、内部監査部門や会計監査人と緊密に連携し、定期的な情報交換を行います。
(2) 監査等委員会事務局の設置: 監査等委員会の活動を専属でサポートする事務局を設置(または強化)し、情報収集や分析、委員間の連携を円滑に進めます。
(3) 社外取締役の積極的関与: 社外取締役である監査等委員には、専門的な知見と独立した視点から、積極的に監査活動へ関与していただきます。必要に応じて、特定のテーマに関する調査やヒアリングを実施することも想定しております。
これらの体制により、常勤監査役が不在であっても、監査の質を維持・向上させ、実効性のある監査を実施できると考えております。」
株主総会での質疑応答風景のイメージ
「監査等委員会のメンバー構成(社外取締役の割合、専門性)について具体的に教えてください。また、今回選任される監査等委員候補者の経歴と、その方が監査等委員としてどのような役割を果たすことを期待されていますか?独立性はどのように確保されますか?」
「当社の監査等委員会は、会社法に基づき、委員の過半数を独立社外取締役とすることを定款で定めております。今回の株主総会で選任をお願いする監査等委員候補者はX名で、そのうちY名が社外取締役候補者です。社外取締役候補者には、企業経営、財務・会計、法律などの分野で豊富な経験と高い専門性を有する方々を選定しております。各候補者の詳細な経歴と期待される役割については、招集ご通知の参考書類に記載の通りです。候補者の独立性については、証券取引所の定める独立性基準に加え、当社独自の基準に基づき厳格に判断しており、経営陣から独立した客観的な立場での監査・監督が期待できるものと考えております。」
「監査等委員会設置会社として、内部統制システムはどのように評価・監督されますか?また、近年注目されているPBR改善やサステナビリティに関するリスクなど、当社が直面する重要なリスクに対して、監査等委員会はどのように監督機能を果たしていきますか?」
「監査等委員会は、内部統制システムの整備・運用状況について、取締役および内部監査部門から定期的に報告を受け、その有効性を評価・検証します。必要に応じて、改善のための提言も行います。PBR向上策やサステナビリティ関連リスクを含む重要な経営リスクについては、取締役会での議論に監査等委員が積極的に参加し、リスク管理体制の妥当性や対策の進捗状況を独立した立場から厳しくチェックしてまいります。また、不正行為等の兆候が見られた場合には、監査等委員会が主導して調査を行い、取締役会に対して適切な措置を勧告する体制を整えています。」
監査役会設置会社(常勤監査役あり)と監査等委員会設置会社(常勤監査役なし)の監査機能を、いくつかの側面から比較してみましょう。以下のチャートは、一般的な特徴に基づいた相対的な評価イメージを示したものです。(注意:これは特定の企業を評価するものではなく、一般的な傾向を示すための概念図です。)
このチャートが示すように、監査等委員会設置会社は、独立性や経営への影響力、社外知見の活用といった面で強みを発揮する可能性がある一方、常勤監査役が担ってきた日常的な監視機能については、組織的な体制構築によって補完する必要があります。株主総会では、この点を踏まえた説明が求められます。
監査等委員会設置会社のガバナンス構造と、その中での監査等委員会の位置づけを視覚的に理解するために、以下のマインドマップを作成しました。常勤監査役がいない中で、どのように監査機能が組み込まれているかを示しています。
このマインドマップは、監査等委員会が取締役会の一部でありながら、独立した監査機能を持ち、会計監査人や内部監査部門と連携して経営を監視する体制を示しています。常勤監査役は不在ですが、社外取締役を中心とした委員が、取締役会メンバーとしての権限も活用しながら監査を行う点が特徴です。
監査等委員会設置会社への移行や常勤監査役の不在に関して、株主から寄せられやすい質問とその回答をまとめました。
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本稿の作成にあたり、以下の情報源を参照しました。